淋しさを感じる恋愛

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2018年6月17日

自分が愛する人の「居場所」になろうとして本来の自分を抑圧し無理して、時に疲れてしまう。

 

また、その人自身を人生の「居場所」とする事が幸せだと信じてるのに、相手が思い通りにならない時、不満や不幸を感じてしまう。

 

それから、頑張らなきゃ、努力しなきゃ見捨てられると不安に襲われたり、焦ったりして余計に肩に力が入ってしまう。

 

今、今日ここに起こっている事は、いつも現実で、いつも重ねた日々の結果。見たくない事、感じたくない事、理解したくない事から逃げているうちは明日も、来年も、変わらないのが人生の深いところですね。

 

もっともっと自分の本音の声に耳を傾けて、あの時悲しかった、苦しかった、傷ついた、泣きたかった、怖かった、嫌だったと泣いて良いし、怒って良いし、わがままになっても本来私達は、許される存在。

 

それに気付けるチャンスが無いと、抑圧したまま本音に沿って生きる事を許してくれない相手をパートナーに選んでしまう事もあるかもしれません。そして、それが真の愛だと思い込んだまま、一方通行の愛で充電ギリギリで生きなければならない場合もあります。

 

真の愛は、ナチュラルな感情、ナチュラルな思考でも受け止めてくれるもの。頑張らなくても、失敗してもいつも、変わらずに存在していて受け止めてくれる。

 

そして、それはこちら側も同じ事。こちらもそうでなければ、相手が今度は苦しくなります。

 

それを結ぶのは、「信頼」と「愛」です。

 

相手を信頼出来ないのは、実は信頼出来ない相手だけど、知らず知らずに淋しさから付き合ってしまったせいなのかもしれません。

その場合、淋しさが埋まっているうちは、良いかもしれませんが、信頼出来ない事もやがて、淋しさを招く事になるかもしれません。

淋しさを感じる恋愛を断つには、まず相手を見極める眼力や、分析能力が必要なのかもしれません。淋しい時に誰かに寄りかかりたくなるのが私達人の弱さですが、その淋しさを誰かで埋めようとせずに、まずは自分のために真剣に生きようと覚悟するところがスタート地点なのでは無いかと感じています。

 

来月、モテ思考講座をやります。今月末にならないと予定が立てられないのですがアナウンスします。(^^)